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100万ドルの賞金を拒否した男の話

もしあなたは、自分の功績に対して100万ドル(約1億1000万円)が支払われることになったとき、拒否するという選択肢を持つことができますか?今回は旧ソ連出身のグリゴーリー・ペレルマンという数学者のお話をしたいと思います。

ペレルマンとは?


ペレルマンはソ連出身の数学者で、かねてより天才数学者であると評されている人物でした。そのペレルマンがある2つの出来事をきっかけに数学と無縁な一般人にも注目されるようになりました。1つ目は『ポアンカレ予想』という数学界の超難問を解いたため。2つ目はポアンカレ予想を解いたことによって与えられた賞と賞金をことごとく辞退したためでした。

数学界の超難問『ポアンカレ予想』


『ポアンカレ予想』とは、1904年にポアンカレという学者によって提唱された定理で、提唱した本人はもちろんのこと、そのあとの多くの数学者が取り組んだにもかかわらず100年間正しいと証明できなかったほどの難問でした。そのため、2000年に『ミレニアム懸賞問題』に指定され100万ドルの賞金がかけられました。『ミレニアム懸賞問題』とは、クレイ数学研究所が2000年に制定した制度で、過去未解決の7つの問題のどれか1つでも解いた場合、懸賞金として100万ドルを授与するというものです。現在は6つの問題がミレニアム懸賞問題として残っていますが、今世紀中にこの中のどれかが解決する可能性はほぼないといわれているほどの問題です。

困難を極めた論文の検証


そんな超難問の一つをペレルマンは解明したのですが、この証明が正しいと確認するために4人の一流数学者が2年以上の歳月をかけて検証を行いました。彼の論文は数学の中でも様々な分野の専門家が読み合わせをしなければ解読できないほど難解でした。

賞をことごとく辞退


ペレルマンは、ポアンカレ予想を解決したことで授与される予定だった2つの賞を辞退しています。1つはフィールズ賞で、この賞は『40歳以下の人物に4年に1度授与される』ため、ノーベル賞を受賞するよりも難しいといわれている賞です。さらに、冒頭にも書いた『クレイ賞』の受賞も拒否をし100万ドルの賞金を受け取りませんでした。

なぜ、彼はそこまで受賞を拒んだのでしょうか?それは、彼があまりに偉大な功績を残したために起こった数学者たちからの妬(ねた)みだったり、剽窃(ひょうせつ)〔他人の研究を自分の成果だと主張すること〕だったり、一般大衆の好奇の目にさらされることを拒んだためだといわれています。例えば、彼が証明を発表したのち、アメリカの大手新聞社は彼が100万ドル目当てで研究をしたかのように報道をしたのです。

当然のことながら、彼はお金が目当てでこの研究を始めたわけでもなく、この研究にとりかかったのも100万ドルの懸賞金がかけられる何年も前でした。彼は「宇宙の真理にたどり着いたのに、どうして100万ドルなんていうお金にこだわらなければならないんだ?」と言ったそうです。彼は、ポアンカレ予想を証明できたことを誰かに評価してもらおうとも思っていなかったし、ましてや、自分の研究の成果が100万ドルというお金の価値に等しいと評価されるということ自体がばかげていると思っていたのかもしれません。

真理を求めることに見返りは必要ない


今回は数学者ペレルマンをご紹介いたしました。ペレルマンは問題を解決した人物でしたが、数学者の中には超一流と呼ばれながらもあまりにも困難な問題に取り組んでしまった結果、何の成果も残せずに死んでいった人もいます。ある優秀な数学者は大学の教授から「お前は前途があるのだからこの問題にだけは手を出してはいけない!人生を棒に振ることになるぞ」と言われたにもかかわらず、その問題に取り組んでしまい、その後何年も人との交流を断ち自宅の屋根裏に閉じこもってひたすらその問題の解を考える日を送り続け、最終的には食べることも寝ることもしないまま研究の途上で亡くなったそうです。その数学者は亡くなる直前、「後悔はない。ただひたすらこの問題と向き合えたことに幸福を感じられる一生だった」と言ったそうです。

なお、ペレルマンは先輩の数学者とこのような会話をしたそうです。

いつだったか私が、『大きな難問に挑むのは魅力的だが大きければ大きいほど失敗したときのダメージは計り知れない』と言ったのです。するとペレルマンは真面目な顔でこう答えました。『私には、何も起きない場合の覚悟がある』と。

「この問題に人生を費やして取り組めることほど幸せなことはない」と言わしめるほどに数学に没頭してしまう研究者たち。今回の話は、我々がモノの価値を測る尺度として使っている『お金』というものが、真理を求める人にとってその用をなさないものになっていることを教えてくれます。彼らは数学を通してこの世の中の様々な執着から離れることができた人たちだったのかもしれません。

参考図書:マーシャ・ガッセン『完全なる証明』(文春文庫)