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『ここたま』が教えてくれること

今回の題名をご覧になって『ここたま』が何かお分かりになった方は、おそらく身近に小さいお子さんがいらっしゃるのでしょう。『ここたま』とは子供向けアニメのキャラクターで『かみさまみならい ヒミツのここたま』という題名のアニメに登場します。

私がこのアニメに注目した理由は、『ここたま』が誕生するための条件やその後の過程が非常に興味深かったからです。主人公である小学生の女の子が、おばあちゃんから「モノにはみんな魂があるんだよ」と教えられて自分の物を大切に扱っていたところ、ある日、自分が小さい時から使っている色鉛筆から『ここたま』が生まれるところを目撃します。『ここたま』とは、人間が大切にしているモノへの想いが具現化した 『モノの神様(の見習い)』で、人間に見つかってはいけないというルールがあります。その『ここたま』は女の子に見つかってしまったため、本来ならば、すぐに色鉛筆に戻らなければいけないのですが、女の子と秘密の契約を結ぶことで「ここたま」として存在することができるようになり、物語が展開していきます。話が進むにつれ、ピアノから出てきたここたま、本から出てきたここたま、いろいろなここたまが登場します。

人間が大切に扱えばモノには心が宿り、『ここたま(=神様見習い)』が誕生する。修行を積んでいくうちに『ここたま』は成長して本当の神様になる

という考え方は、お大師様の言葉にも通じるように感じられます。

草木(そうもく)また成(じょう)ず。いかにいわんや有情(うじょう)をや
(草木ですら成仏するのだから、心のあるものが成仏しないはずがない。)

これはお大師様の著作からの抜粋です。この文章は、私たち人間だけでなく、動物、植物、果てには石ころなどの無機物も仏になれるのだということを意味しています。
もともと、インドにおいては動物だけが仏になれると考えていました。それが中国に仏教が伝来してから仏になれる対象が大きく広がったのです。
このお大師様の言葉には、あらゆるものから我々は学ぶべきであり、あらゆるものを尊重すべきである、という意味が込められております。
もともと日本には、「針供養」「人形供養」など自分が愛用していたものは無機物であっても供養の対象とする風習がありました。モノに対しても感謝の心を忘れなかったのです。
今でもそのような考え方は多くの方の心に残っておりますが、最近ではそういった考えとは少々異なる考えの方も現れてきています。

 

皆さんもよく利用されているコンビニエンスストア。コンビニに行くといつもたくさんのお弁当やパンなどが陳列されています。陳列されているパンやお弁当は賞味期限の数時間前には棚から降ろされて廃棄されます。買った人が持ち帰る時間まで考慮しての措置だとはいえ、結局はまだ食べられるものをゴミとして廃棄しているわけです。この廃棄の量というのがまたすごい量で、あるコンビニ店舗では、20~30kgのおにぎりや弁当を毎日廃棄しているそうです。
インターネットの記事でコンビニオーナーの発言に以下のようなものがありました。

『・・・コンビニを開業する時に、あるお店へ視察に行ったら、その店のオーナーさんが廃棄処分するおにぎりを足で踏み潰して、「こんなのはごみ、こうやって処分するんだ」っていうのを見せられたました。さすがに私はそこまではできないと思いましたが・・・』

いくら捨てる運命にあるものとはいえ、このオーナーさんがとっている行動は食べ物に感謝をしている人の行動とは程遠いものだといえるでしょう。残念ながら、現代では捨てるものであればどのような扱いをしたってかまわないという認識の人が一部に存在しているのも事実です。(捨てるものでなくても粗雑に扱われることも多いですが、、、)そのような大人がこれ以上増えていくかどうかは、まさに今大人である我々次第といってもよいでしょう。子供、孫の世代へ我々がモノの大切さを伝えていかなければ、モノを大事にしない傾向はどんどん加速する可能性もあります。

まずは私たち大人が、自分自身も心からモノを大事にし、それを行動で示しながら子供に言い聞かせることによって、初めて子供たちにその心がつながるのだと思います。そしてこのような行為こそが『自利利他』(注)の実践でもあるのです。

今の子供たちが『ここたま』を育てられるよう、アニメの力だけではなく我々自身が見本となってその心を示していきたいものです。

(注)自利利他・・・自らは悟りを求め、人々に対しては救済し、利益(りやく)を与えること。もしくは、自ら利益を得、他人をも利益すること。

 

youtubeで公式に第1話が無料でアップロードされておりましたので、ご参考までに、、、